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2013-07-25 15:27 | カテゴリ:未分類
 最近、コーチとの話の中で、上級生あるいは各学年が果たす役割は何なのだろうといったことが話題になりました。練習に行っても、部全体の競技集団としてのまとまりや各学年が持ってほしい集約性を感じることが少なくなってきました。一人ひとりに部員としての責任と義務があるように、各学年にも、各学年の責任と義務があります。そのためにも競技集団としてのまとまりが必要であり、そのまとまりには役割がつきまといます。   
もちろんここでいう「まとまり」は、いわゆる<なあ、なあ>集団ではありません。お互いの傷をなめあうがごとく、ごまかしあい、規律を遵守しない、行き当たりばったりの集団ではありません。
 「競技集団」という言葉を使っているように、競技を通じて、自己を研鑽し、自己を見つめ、自己を高める、といった個々人の自己成長と社会人として恥ずかしくないライフスキルの獲得を目指す集団です。厳しい練習は何も競技でいい成績を残すことだけではありません。自己を高め、社会人としての心理社会的スキルを身につけ、常識ある人になってほしいからです。部のさまざまな仕事、さまざまな決まり事の中での一人ひとり役割、各学年、各ブロックの中での役割やその遂行は、すべて自己を高め、社会人としての逞しいスキルを身につけるためにやっているのです。
 しかし、昨日も一人の部員のつまらぬ心のほつれを感じてしまいました。補講の合間に、時間を見つけ1時間ほどですが練習に顔をだしました。ほとんど練習は終わりかけていましたが、ふと気づくと、Aが来ていません。確認すると、「病院です」との説明を受けましたが、先日の激励会の欠席も病院だという説明でした。同級生たちが、「この時間帯は、医院は閉まっています」「何も練習時間にいかなくてもいい」といった内容の言葉を繰り返し私に投げかけます。
 事実はどうだか分かりませんが、疑いをかけられること自体、嘆かわしく、また悲しく思います。
心のどこかがほつれているのでしょうか。つまらぬ心のほつれと一掃することもできますが、つまらぬ心のほつれは、すぐに伝線します。そして驚くほど速く伝線します。しかし、意外と自分では気づかぬものです。
このようなことは、「競技集団」でなくっても、あってはならないことです。何のために競技をしているのか、自明なことを自明なこととして大学生活、競技生活をやってもらいたいものです。

競技を続けること、自分を見つめ、自己研鑽することです。
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